学校の完食指導は今すぐ見直そう!|食事に強制は必要ない!

後輩に向けて

 こんにちは,darakeです。

 今回の記事では,学校で行われている完食指導についてまとめています。完食指導に困っている生徒と家族、完食指導を強要されている教師に向けての記事です。ハッキリ言って、darakeは必要ないと考えています。

 具体的な内容は次の3点です。

  1. 完食指導とは
  2. 完食指導の実態と弊害
  3. 完食指導は必要ない

完食指導とは

 学校における完食指導とは、給食や部活動の遠征等で行われる、食事を強制的に全て残さず食べさせる指導のことです。

 給食での目的は食品ロスを減らすことです。

 確かに残食が多かったりすると、『作ってくれた人に申し訳ない』『満足に食べることができない貧しい環境に住む人に申し訳ない』などの思いをもつ人は多くいるでしょう。

 また、スポーツの遠征や合宿での目的は体づくりのためです。

 バランスの良い食べ方や量、食べる時間などを考慮して、健全な食生活を実践するためです。そうすることで真の力を発揮し、パフォーマンスを高めようとします。

 これらの考えを否定する気はありません。 

 むしろ、家庭教育においては尊重すべき考え方だと思います。限度はあるとは思いますが、好き嫌いせずに食べることや適切な量を食べることを指導するのは親の役目です。

 ただ、今回の記事テーマである学校での完食指導は、必要ないというのがdarakeの意見です。

完食指導の実態と弊害

 さて、どんな場面で完食指導が行われているのでしょうか。

 学校現場で、実際に体験した3つの場面を紹介します。

完食するまで許さない

 darakeが小学生の時、白飯が苦手で量を多く食べることができませんでした。さらに、給食はおかずが少ない時もあり、白飯だけ余すことが多々ありました。

 当時の担任は、完食するまで絶対に許してくれない人でした。

 みんなが昼休みに遊んでいる中、一人だけ机に取り残されることもありました。これは苦痛でしかありませんでした。冷たくなった白飯だけを完食させようとするんです(嫌いなのに)。

 だから、隠しながら机の下にへばりつけていました。当時の私の机からは、よく乾いた米粒が落ちていたことでしょう。

 この話を今では笑って話せますが、当時はかなり悩んでました。よく学校が嫌にならなかったと自分を褒めたいですね。実は今でも白飯だけ食べるのは苦手だったりします。

 数十年経った現在、

 学校現場では当たり前のように完食指導している教師がいます。この完食指導が原因で、給食の時間が苦痛な生徒はたくさんいます。

 幼稚園や小学校に多い傾向があります。自分の息子が通う幼稚園でも、完食するまで別室居残りが平気で行われています。

全員完食することが団結と勘違い

 小学校や中学校の担任で、全員完食をクラスの目標にしている人がいます。

 給食の残食をゼロにすることに闘志を燃やしたり、出来ていない学級や教師を批判する人もいます。

 学校全体で実行している場合は最悪です。本来の目的を忘れ、出来ていない教師批判になることも多々あります。

 残食ゼロはすばらしいことです。しかし、全員が自発的に食べた場合のみです。

 高い確率で、たくさん食べる生徒が食べることができない生徒を批判する風潮になります。酷い場合だと、担任自ら食べることができない生徒を批判することもあります。

 給食を完食する学級が良くて、そうではない学級がダメなんて、あり得ないですよ。

 私が担任した学級は、ほぼ完食したことないと思いますが、学級経営上何の問題もありませんでした。

完食強制、おかわり強制!

 運動部に多いのですが、遠征や合宿で吐くまで食べさせる教師がいます。

 体づくりという目的で正当化し、『最低でも茶碗に3杯食べろ』『絶対に残すな』等と強制します。その結果、無理矢理詰め込んだ生徒の行く先はトイレとなります。

 特に酷かった教師は、カレーの余ったルーも食べさせようとしていました。結果、その後の練習に参加できない生徒や食事の時間が恐怖になってしまう生徒も出てしまいました。

 それぞれ育った環境が違う中で、強制的に量を多く食べさせたり、完食を強要することは、明らかにやり過ぎです。

 生徒が体づくりという目的をしっかりと理解して、自発的に食べる場合のみに許されます。そこに強制は必要ありません!

完食指導は必要ない

 以上の体験から、完食指導には断固反対の立場をとります。

 食品ロスを減らすこと、健全な食生活で体づくりをすることは賛成です。

 食に関しては日本は贅沢だと思っているし、残食についても作ってくれた人に申し訳ないとも思っています。ただ、全員完食は必要なくて、個人差を尊重して自発的行動を原則とすることが大切です。

 個人差については、人によって好き嫌いあるのは仕方ないと思います。好き嫌いがない人をすばらしいとは思いますが、好き嫌いがある人をダメとは思いません。

 どうしても食べたくない物を無理矢理食べさせるのはハラスメントです。体に良いかもしれませんが、嫌いな物は嫌いなんです。こういう指導が続くと食事が苦痛になります。

 間違ってほしくないのは、その時に嫌いなだけで将来は好きになるかもしれないということです。

 『みんな食べてる圧力』『食べないと終わらない圧力』によって無理矢理食べさせられることで、将来の可能性まで奪うことだってあります。

 子供の時は野菜嫌いだったけど、今は大好きな人ってたくさんいるでしょ。

 家庭教育では最低限の『無理に食べさせる』ことは必要かもしれませんが、学校教育には必要ありません。

 自発的行動については、食品ロスについて知り、それを減らそうと考えた人は実行すればいいのです。体づくりのための健全な食べ方を知り、それを実行しようする人だけ完食すればいいのです。

 それらを他に強要したり、全員一緒の原則に当てはめるのが行き過ぎだということです。

 全員が完食する学級、全員が完食するチームを目指す必要がなくて、何のために完食するのかを考え、自発的に行動した個人を認めていればいいだけの話で、完食しない個人を批判することはハラスメントです。

さぁ、今すぐ完食指導を見直そう!

 今回は、学校で行われている完食指導についてまとめました。

完食指導とは
・完食指導の実態と弊害
・完食指導は必要ない

 食育という観点から、体づくりのための食の正しい知識や、国際理解の観点から日本が恵まれた国だという事実を知ることは大切です。

 しかし、食べること・完食することを強制すべきではないのです。知識や情報を知った上で、食べるも食べないも本人次第です。

 私が担任するクラスの生徒は、中学校に入学してきた当初、給食の自由さにいつも驚きます。いかに小学校時代に強制して食べさせられてきたかがわかります。

 小学校の先生の中でも、完食指導をやりたくない人もいるでしょう。ただ、学校全体であったり隣のクラスとの関係を気にしてやらざるを得ない状況に陥っているのでしょう。

 なので、そういう先生たちは勇気を出してやめましょう!明日からやめましょう!

 クラス全員に完食義務づけるなんて、ハイリスク・ノーリターンでしかないですから。

 好きな物を食べる、おいしい物を食べるからこそ食事は楽しいのです。

 食事の時間を苦行にする必要ありますか?

 今回はここまで!

 みなさんが、幸せな人生を送れますように!

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